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名古屋地方裁判所 昭和48年(ワ)2734号 判決

原告 水野実子

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 高橋二郎

同 田中嘉之

被告 玉腰義勝

被告 住田一義

右両名訴訟代理人弁護士 高橋淳

主文

一、原告らと被告玉腰義勝との間の別紙物件目録(一)記載の土地の賃料は昭和四八年三月一日以降一ヵ月金三三、三〇〇円であることを確認する。

二、原告らと被告住田一義との間の別紙物件目録(二)記載の土地の賃料は昭和四九年八月一日以降一ヵ月金六九、五二〇円であることを確認する。

三、原告らのその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、請求の趣旨

1  原告らと被告玉腰義勝との間の別紙物件目録記載(一)の土地の賃料は、昭和四八年三月一日以降一ヵ月金一二〇、〇〇〇円、昭和四九年八月一日以降一ヵ月金一五〇、〇〇〇円であることを各確認する。

2  原告らと被告住田一義との間の別紙物件目録記載(二)の土地の賃料は、昭和四八年三月一日以降一ヵ月金一二〇、〇〇〇円、昭和四九年八月一日以降一ヵ月金一五〇、〇〇〇円であることを各確認する。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

以下事実≪省略≫

理由

一、被告玉腰に対する第一および第二増額請求

1  請求の原因1の(一)、234の(一)、5の(一)の各事実については当事者間に争いがない。

2  ≪証拠省略≫によれば、請求原因4の(二)の事実が認められる。

3  請求原因5の(二)の事実は記録上明らかである。

4  ≪証拠省略≫によれば次の事実が認められ反証はない。

即ち、本件一筆の土地の東寄り部分を占める本件第一の土地はかつての市電通りと同一平面上にあって、利用価値が大きい本件第二の土地よりも四メートル前後低く、本件第二の土地との境界は断崖をなしているのみならず、本件第一の土地の北側も南側も高さ約四メートルの石またはコンクリートの絶壁に囲まれ、東側は一メートルに近い高さに土盛りされた駐車場に接していて、排水の便が極めて悪いのみならず完全な袋地(いわゆる盲地)であること、もっとも被告玉腰は本件土地上の二階建建物を被告住田に対しパチンコ店従業員の寮として賃貸し、居住者等は同建物の二階から崖上のパチンコ店に往復しているが、これは被告玉腰と被告住田の間の直接の契約によるもので、原告らが仲介して被告玉腰に対し便宜をはかった結果ではない。(右建物については公道から直接出入りし得る同等の建物に比してかなり低額の家賃がとりきめられているであろうことは容易に推認しうるところである)

5  (第一増額請求について)

以上の各事実と、≪証拠省略≫によると、一ヵ月金三三、三〇〇円が本件第一の土地の第一増額請求時における適正賃料額であるとするのが相当である。

したがって、第一増額請求は従前の賃料を一ヵ月金三三、三〇〇円に増額する限度において効果を生じたものであり、原告らの増額確認請求は右金額の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却すべきである。

(第二増額請求について)

(1) 昭和四八年秋の石油危機以降昭和四九年七月までの間に消費者物価殊に地価が高騰したことは公知の事実であるから、本件第一の土地の地価が高騰しまたその公租公課が増額されたことは容易に推認し得るところである。

(2) しかし、本件全証拠によるも、昭和四九年七月二四日の第二増額請求時における適正賃料額が右第一増額による適正額をこえ、原告ら主張のとおりであることを認めるに足りない。したがって右被告に対する第二増額請求は失当として棄却すべきである。

二、被告住田に対する第一および第二増額請求

1  請求の原因1の(二)、234の(一)の各事実は当事者間に争いがない。

2  ≪証拠省略≫によれば請求原因4の(二)の事実が認められる。

3  請求原因5の(二)の事実は記録上明らかである。

4  (第一増額請求について)

≪証拠省略≫によっても、請求原因5の(一)の、第一増額請求の意思表示が、昭和四八年二月末日頃到達した事実は認められず、他にこれを認むべき証拠はない。

したがって、第一増額請求については増額の意思表示がなされていない事に帰するのであって右意思表示を前提とする第一増額請求は失当として棄却すべきである。

(第二増額請求について)

≪証拠省略≫によれば、本件第二の土地は、本件一筆の土地のうちかつての市電通りに面する西寄りの部分で、右市電通りと同一平面上にあり、利用価値が高い事実が認められ反証はなく、右事実と≪証拠省略≫によると本件第二の土地の第二増額請求時における適正賃料額は一ヵ月金六九、五二〇円とするのが相当であり、他に右第二増額請求時における適正賃料額が、右金額をこえ、原告ら主張のとおりであることを認定するに足りる証拠はない。

したがって、第二増額請求は従前の賃料を一ヵ月金六九、五二〇円に増額する限度において効果を生じたものであり、原告らの増額確認請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却すべきである。

三、本件の訴と前訴の既判力との関係

1  借地法一二条により地代増額請求の意思表示をなすと、増額賃料額の範囲内において、客観的に値上を相当とする額に付将来に向って増額の効力が発生する。賃料増額の請求権は一種の形成権であって、之の行使として為したる増額の意思表示により、其の当時賃料値上を相当とする事由が存するときは、法律上当然に従前の賃料を変更する効力を生ずる。しかし一旦右変更の効力を生じた後においては、右賃料増額請求訴訟の事実審の最終口頭弁論期日までに、更に賃料増額の客観的事由が発生するもそれによって当然に再び之を変更する効力を有するものではない。

従って、更に発生した賃料増額の客観的事由に基づき、当初の賃料増額請求訴訟の事実審の最終口頭弁論期日以後、再び賃料増額の意思表示をなすことはもとより可能であり被告においてこれを争う限り再度賃料増額請求の訴を提起しうることは、当然であるが、その際、賃貸人としては、賃料増額の基礎となるべき経済的背景については、前訴の口頭弁論終結後の事実に限って主張、立証し得るに過ぎないものと解するべきではない。

蓋し賃料増額の効力は、右に述べたようにその旨の意思表示をした時に始めて効力を生ずるものであり、従って、遮断効の適用なきものと解しない限り、仮りに賃料増額請求の訴訟(前訴という。)の係属中に経済情勢の変化により当初請求した賃料が不相当になったとしても、その訴訟の最終口頭弁論期日までの間に再度の増額の意思表示とこれによる請求の拡張をしないまゝ、何等かの事情によって、右訴訟の終結が遷延した場合には、前訴の判決に右経済情勢の変化が参酌されないまゝに終るばかりでなく、新たな訴訟における判決にも、これを反映せしめ得ないことゝなって著るしく不公正な結果を招来するからである。(また、このような経済情勢の変化を捨象して適正賃料額を算定することは極めて困難なことである。)

2  (そして、これを本件についてみると、一、二で既に述べたように、原告らの本件増額請求の意思表示は、被告玉腰に対しては昭和四八年二月末日、被告住田に対しては昭和四九年七月二四日に到達した事が認められるので、賃料増額の効力は、右各日時に発生しているが≪証拠省略≫によれば、原告らの被告玉腰に対する地代増額請求を、昭和四二年四月一日以降一ヵ月金二四、八一〇円に認める名古屋高等裁判所の判決は昭和四四年一〇月二一日に、被告住田に対する地代増額請求を、昭和四二年六月一日以降一ヵ月金三六、六六〇円に認める同高等裁判所の判決は昭和四七年一一月一六日に各言渡され、各判決はその頃確定した事実が認められる。(但し前示のとおり右各判決による賃料の右金額への増額および右各判決が確定したことは当事者間に争いがない。)

以上認定の事実によれば原告らの本件各増額請求の意思表示は、右各高等裁判所の最終口頭弁論期日以後に各被告に到達した事実が推認される。)

したがって、本件各増額請求についての前示各請求の原因事実の主張は、前訴の既判力に触れるものではなく、右事実に基づく本件各訴も許されることは明らかである。

四、結論

よって、原告らの被告玉腰義勝に対する第一増額請求は適正賃料額を一ヵ月三三、三〇〇円とする限度において、原告らの被告住田一義に対する第二増額請求は適正賃料額を一ヵ月六九、五二〇円とする限度において、それぞれ理由があるから認容し、その余の請求はすべて失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 日高乙彦)

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